うろうろしています。

国内小旅行の備忘です。東海地方を中心にひとりでうろうろしています。

秋の岩村城跡【岐阜三山城】

秋晴れのある日。

かねてから気になっておりました、恵那市岩村城跡に登城してまいりましたの備忘です。

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城下町はちょくちょくうろついているのですが、なかなか機会(というか体力)がなかったの。。。

 

↓ 城下町散策の備忘はコチラから ↓

cotomo.hatenadiary.jp

 


 

いきなり言い訳

  1. またも裏口入場
  2. 撮ったはずの動画を全て紛失(?)

 

本当になんで毎回こうなんだろうと思うのですが、

登城といっておきながら「いきなり下山」です。

 

そして買ったばかりのGoProを喜び勇んで持ち歩いていたのですが、

なぜかあれだけ撮ったはずの動画がカードに残っていない。。。

(行き帰りのドライブ映像はしっかり残っているのですが、間がぽっかり抜けてるのはなぜ)

 

動画あるから写真いらないよね!

という訳で写真も全然撮ってない→記録全然ない、という本当に情けない有様です。

偏った記憶と記録のみとなりますが、そしていつもの事ですが自分備忘という事でご容赦下さいませ。。。

 

↓ 裏口入場@マレーシアの一例 ↓

www.terima.work

 


 

すれ違い不可の細い道を車で上る事数分、たどり着いた駐車場。

てっぺんには案内所がありました。

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中には各種パンフレットと、歴代城主の一覧が。

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観光情報でよく言われる「女城主」は景任の奥さんで、信長の叔母さん。

御坊丸は実子ではなく、信長の五男だそうです。

 

結構高い所まで来ましたねーって。。。

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あれ?

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もしかしてもう。。。

 

頂上?

 

左上の赤枠がここから登りますよ、の「登城口」。

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私が今いるのは「岩村城跡」の脇の「P」。

 

。。。またか。。。(常習)

 

しかも「天守跡コチラ」みたいな案内看板もこの辺りなくて

とりあえず行けそうな道をうろうろしておりましたら

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なんかぽいとこ出ました。。。

 

これが六段壁、かなあ。

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なんだか悔しいので、一度徒歩で下山してから、再度「登城」してみる事に致します。

 


 

のぼりの方々とすれ違い、挨拶を交わしながら軽やかなステップで「下山」。

(登ってないのに)

「登城口」脇、郷土資料館前の駐車場に到着です。

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城下町(?)を一望できます。

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ここもそれなりの高台なんですね。

 

資料館ではお城や佐藤一斎に関する重文も展示されているそうです。

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入館料は300円ですが財布忘れて入場できず。

 

からの一斎先生。

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恵那市にはこれにちなんで「市民三学運動」という、生涯学習のススメ的プログラムがあったりするそうです。f:id:cotomo:20211113194040j:plain

一生勉強しようって意味だと思います。

 

そして後ろに立派な櫓とか門とか壁とかがあるのですが

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藩主邸の復元でした。

 

見事な紅葉を見せていたこちらの木は「楷」。

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「楷書」の語源でもあるそうです。

 

孔子儒教昌平坂でココ、という、ゆうたらなんでしょう。。。

やっぱり勉強大事よね、っていう。。。

なんだろう勉強しろとたたみかけられるこの懐かしいプレッシャー。。。

 

ちなみに駐車場を出たあたりにも立派な建物があるのですが、

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藩主邸別館とかではなく料理旅館さんです。

 

民俗資料館は

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蜂が危険で閉館中。

 

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ピカドンの時の、広島市庁舎の敷石。

忘れない、という事が大事。

 

抜粋:平和記念公園前の石碑

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広島旅行の備忘です。 - うろうろしています。

 


 

さあ、では資料館前の杖借りて。。。

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いきまっしょい!

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民家の点在する、舗装された道をしばらく行くと

 

ほどなく下田歌子勉学所。

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(に並べてあったベンチ)

 

下田 歌子

美濃国恵那郡岩村(現在の岐阜県恵那市)出身。

日本の明治から大正期にかけて活躍した教育者、歌人

女子教育の先覚者で、生涯を女子教育の振興にささげ、実践女子学園の基礎も築いた。

wikiより抜粋

 

からの、婦人会発足の石碑。

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女子教育で、やはり今気になるのはアフガンでタリバン

考え方色々あると思うし、それでうまくいってるならそういう国によそが口出す事じゃないのかもしれないけど

現地の女性が困ってるならやっぱりみんなで助けてあげてほしいです。

(てかそもそも困ってる話しか聞かない事が西欧主導の情報統制なんでしょーか)

 

静かな道にばーさんの息切れがこだまします。

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そしてサラサラカサカサと、延々舞い散る落ち葉の音。

風が吹いて落ちる、ではなく、一枚一枚が自らの意思でもって地面に向かうかのような、錯覚。

 

秋だー。。。

 

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途中まできれいに敷かれていた石畳は、だんだん石ころだらけの山道になっていきます。

どんでもない悪路、というほどではないですが、

確かに体力に自信のない方は、時間たっぷりかけるつもりで、ゆっくりしっかり上りたいかんじ。

 

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ちなみにこちら、観光案内にある霧ヶ井ではなく、

17もあったというたくさんの井戸の中の一つ。

お水豊富で籠城にも強かったと。

 

ちなみに岩村城の別名は「霧ヶ城」。

敵が攻めてきたら霊泉霧ヶ井に大蛇を放り込むとあら不思議、

井戸から大量の霧が発生、城を覆い隠して守ってくれましたとさ

 

ってこんな話どこかでも聞かなかったっけなあ。。。

 

抜粋:掛川城の霧吹井戸

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掛川城で宝くじ→SL乗りたくて大井川鉄道【合流地点は掛川・その3】 - うろうろしています。

 

残ってる写真も記憶もしょぼくて、どこが何やらなんですが。。。

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無事戻ってきたみたいです。

 

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なんだかんだ楽しかったです。

 

カメラの使い方ちゃんと覚えて、次は明智城、そして岐阜城。。。

とか思っていたのですが、変形関節症悪化につき

今後長時間歩行は避けた方がよさげ。。。らしい。。。

 

かなしい。。。

 


 

岐阜は戦国絵巻の中心地。

山城好きさんはぜひあちこち挑戦してみて下さい。

 

最後までお読みいただいた方、私事情ばかりの中途半端な記事に

お付き合いありがとうございました。

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